FCバーゼル、中田浩二の『情熱大陸』をYouTubeで見る。実績などは到底及ばないけれど、海外で生活している身からすると、やはり自分を重ねてしまう。この番組は日本にいる時から好きだったけれど、あのテーマ曲とともに、胸がじわっと熱くなってくる。気を引き締めるのには十分だ。
自分のキャリアにおける現在とか、チームにおける自分の役割など、彼が冷静に自己分析をしているのが印象的だ。彼はどこにいてもブレないんだろうな、と思う。同僚に受け入れてもらい、チーム内での自分の立場を確立している。こういうのは一つのセンスであり、能力だ。技術があっても、誰もがこううまく行くとは限らない。番組内の地元新聞記事によれば、彼はチームに安定をもたらしている、という。自分の意見でガツガツと攻めていくことを良しとする最近の傾向とはちょっと異なる、どこか日本的な感じもする彼の処世術に僕は共感を覚える。日本から持ち込んだ「身のこなし」を、彼はスイスという海外の地で高めている。
20 April 2007
海外での身のこなし
17 April 2007
拡散するポルトガルの建築
リスボンは随分暖かくなってきた。春を通り過ぎて、初夏の感さえある。夕方午後8時、事務所を出ると空はまだ明るく、日中十分に陽射しを受けた通りは、まだ真夏程ではないにしろ、熱気を漂わせている。帰りにビールを飲みに寄ったサンタ・カタリーナの展望台では、週末、既にビーチで肌を焼いてきた人々で賑わっている。事務所の休暇スケジュール表にはもうかなりの人が予定を書き込んでいるけれど、夏のヴァカンスへ向けてリスボンの街全体が早くも助走を開始したようだ。来月末にはリスボン建築トリエンナーレが始まるけれど、その頃にはもっともっと夏らしくなっているだろう。
そのトリエンナーレのウェブサイトも、開幕へ向けて充実してきているけれど、数ある展覧会の中で僕が注目しているのは、「ポルトガルの展示」だ。「各国の展示」とは別枠で設けられている「ポルトガルの展示」では、「拡散するポルトガルの建築」というタイトルで、<神話>としてのエスタード・ノヴォ、植民地政策、1974年の革命、革命後の時代から、<現実>としてのEU加盟、シェンゲン協定、9.11、EU憲法の危機に至るまでの拡大、拡散していくポルトガルのアイデンティティを背景として、近代、現代のポルトガルの建築を見渡そうという展示だ。
最近、建築メディアでは、スペインの『Arquitectura Viva』、日本の『a+u』がそれぞれ今月号で、イタリアのインターネット上の建築メディア『europaconcorsi』でも同時期にポルトガルの建築をフィーチャーし、ちょっとしたポルトガル・ブームだ。『a+u』が日本人にとってポルトガルらしいと思われる建築を順に並べ、拡散する予感を漂わせたのに対し、隣国スペインの『Arquitectura Viva』ではすでに拡散された状態がそこに示された(無論、投稿制のインターネットメディア『europaconcorsi』ではさらにそれが進んでいる)。
でも実際のところ、外国人からすると、ポルトガルの建築は、彼らが言う程多様化しているようには見えない。『a+u』のように、それとなく、ポルトガルらしさを表現する誌面を作ることもできる。結局、これはポルトガル人の手によって、丁寧に解説されなければならない。この「ポルトガルの展示」がポルトガル建築の奥行きのようなものを見せてくれるのではないか、と僕は期待している。
14 April 2007
リスボンの年度初め
2月、3月はキプロスのコンペ提出(結果は3等)、担当のモンテモールのプロジェクトの建築許可申請の図面提出と締め切りが続いたために、リスボンに来て一番忙しい時期だった。モンテモールの図面を提出し終えたのは先週だったので、気が付けば既に4月に入っており、日本では新しい年度が始まったということを最近になってようやく認識。
それを認識するきっかけになったのが、今月4月からアイレス・マテウス事務所で1年間研修をする東京芸大のホリエくんの来訪だった。僕がリスボンで(もちろん日本でも)お世話になったみやべさんの後輩ということもあり、彼が家を見つけるまで自宅に泊めていた。その彼も意外に早く、1週間で気に入った部屋を見つけて来て、僕の部屋から巣立って言ったけれど、久しぶりに日本の建築話をいろいろと聞くことができて、僕にとっても有意義な1週間だった。
ホリエくんが到着する数日前、ちょうど4月に入ったばかりの頃には、リスボン建築トリエンナーレの下見で名古屋工大の北川さんがリスボンにいらっしゃった。僕は現地サポートという形で日本チームのお手伝いをしているので、夕食をとりながら打ち合わせをしたり、その後飲みに行ったりした。
リスボン工科大に留学している留学生5人も来月には帰ってしまうので、最近は週末が来る度、時には平日にも、ご飯を食べに行ったり、飲みに行ったり、彼らの思いで作りに貢献している。まあ、実のところは、誕生日パーティに呼ばれたり、僕が仲間に入れてもらっている感じだけれど。
今日の思い出作りはB.LEZAです。
09 April 2007
ピナ・バウシュを見て来た
今日はピナ・バウシュの公演「FOR THE CHILDREN OF YESTERDAY, TODAY AND TOMORROW」を見て来た。昨日は久しぶりに飲みすぎてしまい、午後4時からの公演に行くのもやっとの体調だったけれど、何とか胃腸薬でごまかす。ゴンサロとエキスポのカモンイシュ劇場で午後3時半に会う。
僕がピナ・バウシュを知ったのは、ペドロ・アルモドバルの「アブレ・コン・エリャ」の映画の中だったけれど、映画のワンシーンであったにもかかわらずかなり印象に残っていた(この映画にはブラジル人ギタリストのモレレンバウムの演奏シーンも出ていたような気がするが、音楽、映像ともに素晴らしい映画だ)。でも、実際に劇場でコンテンポラリー・ダンスを見たのはこれが初めてだった。
タイトルに「子供」とあるとおり、「無邪気さ」のようなものが表現されていて、会場も時折笑いに包まれていた。僕が初めて見たコンテンポラリー・ダンスの公演は、約3時間続いたけれど、見ているうちにダンサーの体の動きがもはや彼らの意思ではなく、肉体だけが勝手に動いているように見えてくる。全部で15名ほどのダンサーには長身のドイツ人男性もいれば、少女のようなダンサーもいるし、細身の女性もいれば、豊満な女性もいる。彼らが精一杯体を振り回せば振り回すほど、腕や足の長さ、体の柔軟さ(もちろん体が柔軟な人ばかりだけれど)、髪の毛の質など、肉体の物質的な特性だけが浮かび上がってくる。そしてその「不揃いさ」がそれぞれの肉体の美しさを際立たせる。人間の体というのはとても生々しいものだ。たとえその中にどんな感情や思考があるにせよ。その考えが僕の心を打った。