31 December 2006

今年を振り返る


2006年は個人的にはいろんな変化のあった年だった。

1月、コーディネーターのスザンナから、もうちょっと居てみないか、という提案があった。もちろん、僕はその気でいたから、即座に了承した。これで給料も上がった。

2月には母校の大学とリスボン、バレンシアをメインに産業跡地の調査を行った。

5月には、ずっと住んでいたインテンデンテからアヴェニーダへ引っ越した。同僚のマリアから彼女の住居の2階部分を借りた。今までのルームシェアと異なり、バス・トイレ、キッチンを専有でき、一人暮らしに近い状態になった。もっとも、住居が整うには8月くらいまでかかった。

6月は、ビザの関係で日本へ一時帰国した。手続きがいろいろと面倒だった。でも、やはりこれはやっておいて良かったと今になって思う。ワールドカップのあった時期でもあり、日本の初戦のオーストラリア戦は日本で観戦した。ポルトガルがベスト4まで進み、ポルトガルは大いに盛り上がった。

7月は夏休みを待っていた。

8月上旬はリスボンからスペイン北東部まで、バスを使って旅行をした。バカンスを甘く見て、宿を見つけるのにかなり苦労した。下旬には彼女がリスボンに長期滞在して、この時に部屋がかなり整った。

9月、パスポートを郵送するという危なっかしい手段でビザのタイプ変更の手続きが無事完了した。大学の後輩にいろいろとお世話になった。

このおかげで、10月にさらに給料が上がった。想像以上の増額で、これで給料に関しては不満がなくなった。コンペの提出が3つもあり、かなり働いた月でもあった。下旬にはエクスナレッジのアズレージョ取材に同行した。リスボン再発見の月であった。

11月には今までいろいろとお世話になったみやべさん夫妻が日本へ帰国された。今は日本からの留学生と仲良くさせてもらっている。事務所では担当のプロジェクトが始まった月でもあった。

12月、クリスマスはスペインで、年越しはリスボンで過ごした。

30 December 2006

PROAP


昨日、ランドスケープ・アーキテクトのジョアン・ヌネスと、モンテモール・オ・ノヴォのプロジェクトに関するミーティングがあった。彼が主宰するランドスケープ・デザインのオフィス、PROAPへ初めて足を踏み入れた。PROAPもうちと同じサントスに事務所を構えており、歩いて5分の距離しか離れていない。テージョ川とビカの丘の中間に位置するビルの7階にあるオフィスは、その両側に絶景を手にしている。防音がきっちりとしていて、眼下の川沿いの大通りには車や電車が静かに流れる。その向こうには朝日できらきらと輝くテージョ川が見える。振り返ると、ビカの丘にはぎっしりと建物が並んでいて、そこに朝日が当たり、建物の陰影をくっきりとつけていて、ついつい見とれてしまう程の美しい眺めだ。

このプロジェクトにおいて、PROAPは同時に5つの設計事務所と協働をしていることになり、全体の調整がかなり大変なようだ。中でもうちの事務所に割り当てられている敷地は、当初から道路騒音が問題視されており、敷地を50メートル移動する必要がある、とか、防音壁が12メートルにもなってしまう等、難題を抱えている。ジョアン・ヌネスは、この問題を、地形にフィットした小さな山を連ねることで解決しようと試みている。これがうまく行けば、敷地をそれほど移動する必要もなくなり、以前持っていた、地形上の好条件を取り戻すことができるので、ぜひその線で解決してほしいところだ。

ところで、このPROAPは欧州では名の知れたランドスケープ・アーキテクト集団である。国内外で数多くのプロジェクトを手がけており、中でもイタリアでは高い評価を得ている。主宰するジョアン・ヌネスはリスボンの大学はもちろん、ヴェネツィア、トリノ、バルセロナ等の大学からゲスト・レクチャラーとして招かれている。イタリア、ミラノではコンペで1等を獲得したフォラニーニ公園が着工している(先に紹介したゴンサロ・ビルネと協働、上イメージ)。PROAPのウェブサイトは、http://www.proap.pt/ 。

(写真は http://www.byrnearq.com/ より)

28 December 2006

チョコレートのおいしい国ではないけれど

12月23日から昨日26日まで連休だった。正確には26日は休みをとった。そして連休中はスペインのレウスという町で過ごした。スペインの家庭でクリスマスを過ごしたのはこれが初めてだったけれど、とにかく食べて過ごしたクリスマスだった。日本のお正月のような感じだ。また、こんなにたくさんのクリスマスプレゼントを渡し、もらったのも初めてだった。

中でも異色なのが生ハム用の包丁。普通の包丁で、あの肉の塊からうすく切り取るのは至難の業だ。早速今日夕食で生ハム(これもプレゼントでもらったもの)を切ってみたけれど、普通の包丁と比べ、切れ味が格段にいい。この生ハムで作ったトルティーヤにアレンテージョの赤ワイン。イベリア半島の雰囲気満点の夕食だ。ポルトガルもスペインも、チョコレートがおいしかったり、ビールが何種類もあったりするわけではないけれど、生ハムだけは譲れない。生ハムをつまみに赤ワインを飲んでいると、それだけで幸せになれる。

16 December 2006

ポルトガル剣道記 1

ここ何週間かはかなりの時間を事務所で過ごしていたから、うんざりとした気分になってきていた。そこで気分転換を図ろうと、今週水曜日と金曜日、これまで一度しか参加していなかった剣道の練習に顔を出してみた。

前回練習に参加したのは夏休み前の7月。体育館の床の張り替え工事もあって、練習は10月から再開されていたのだけれど、10月は事務所内でコンペを3つ抱えていたから、とても参加する暇はなかった。11月は比較的時間に余裕があったが、なかなか重い腰を上げることができなかった。それで結局、今週になって2回目、3回目の練習に参加した。初回では会うことのできなかったオオサカ先生についに会うことができた。話してみて、とても物腰柔らかな印象を受けた。一人でも多い方がいいですから、ぜひ参加して下さい、と言われ、ぜひ参加させて下さい、と言った。久しぶりに会った仲間達も、僕の久しぶりの参加を喜んでくれたようだ。

練習後の疲労感は同じだけれども、竹刀を持ってリスボンの街中を歩いて帰るのはとても不思議な感じがした。

12 December 2006

グラサの集合住宅コンペ終了

最近、全てのコンペに参加させられていて、労働時間が「アトリエ勤務」らしくなってきた。しかも、担当プロジェクトもあるから、とっても大変。

ゴンサロ担当のグラサのコンペを今日提出した。一番若く、人のいいゴンサロにとって、今回はかなりストレスフルだったに違いない。先輩方が無責任な「ちょっかい」をいっぱい出してくるもんだから、プロジェクトがなかなか進まなかったようだ。それで提出が締め切りから2時間程遅れてしまった(たぶん、問題ない)。提案自体はとても良かったと思う。グラサの勾配のある敷地に集合住宅を提案するコンペだったが、エントランスのある道路レベルをオープンにして、その上部に住居のボリューム、地下にも斜面を利用して眺めの確保された住居を配置した、とてもシンプルなコンセプトがうまく表現されたと思う。いつもぎりぎりにならないと完成されない模型も、いつも通り最終的にはいい模型ができていた。ご丁寧にも、「まだ提出されないんですか?」という電話が事務所にかかってきていたようだけれど、遅れたとは言え、勝てるんじゃないかな。

僕はファサードのドローイングを任されていたんだけど、歴史地区に馴染むような、クラシックなファサードをデザイン(調整と言っても良い)するというのはかなり難しい作業だなと思った。図面を壁に貼って、同僚とともに腕を組んで、じぃっと図面を眺める。何度も何度も開口部のいろんなプロポーションを試していると、ある時点で、

「あ、いいかも」

とみんなが納得するような、「合意」のとれる案が出てくる。ポルトガル人にとっても難しいとは言え、やはりジョアン・ルイスの一言(「ここをちょっと狭めて」のような)で急にファサードのバランスがとれはじめたのには、さすがだと思った。

05 December 2006

プロジェクト、一歩前進。

モンテモール・オ・ノヴォの週末住宅プロジェクトの途中経過を今日、ようやくクライアントに説明。全体を取り仕切っているpromontorioのオフィスでミーティングが行われる。ジョアン・ルイスと同僚のパウロ、そして僕の3人でミーティングに向かう。途中、交通渋滞がひどく、会議に30分以上遅れたせいか、クライアントは最初から不機嫌。それをpromontorioの所員がなだめつつ、ジョアン・ルイスが提案を説明。終始、ガラスに映る自分の容姿を見て、格好をつけているクライアントが僕は気になって仕方がなかったが、そのクライアントも我々の提案を気に入ってくれたようだ。昨日遅くまで、そして今日はミーティングぎりぎりまでプレゼンの準備をした甲斐があった。まだ考えるべきところはたくさんあるけれど、とりあえず一段落、一安心。

02 December 2006

フェルナンド・ゲラのインタビュー

ポルトガル人写真家フェルナンド・ゲラに、スペインの建築情報ウェブサイト Arkinetia(http://www.arkinetia.com/)がインタビューしている。

ものごころついた時から写真家だったと語るフェルナンド・ゲラは、1993年に大学を卒業し、すぐにマカオで建築家として活動を始めた。

「どこか違う場所で研修をしてみたかったんだ。」

と当時の心境を語るフェルナンドは、そのまま5年間マカオに留まった。「離れるのがつらかった」マカオで個人的な日常をカメラに収め、ヴェトナム、ネパール、中国、タイを旅行し、そこで出会った人々を写真に撮った。建築を撮ることにはあまり興味はなかった。1999年にポルトガルに戻り、建築事務所を構え、通常の建築家がそうするように、コンペに参加し、プロジェクトを進めた。

転機は、弟のセルジオが大学を卒業し、事務所に加わってから。それ以来、写真家としての活動に専念し始める。セルジオがリスボンの事務所で様々な雑務をこなす中、自身は一週間のうちほとんど事務所を空け、写真を撮った。

様々な新しい雑誌が、インターネットを利用するようになったのと時を同じくしていたのが、彼にとっては幸運だったという。ポルトガルのプロジェクトを写真に撮り、Wallpaper、Architectural Record、a+u、Detail、Interni、Icon など多数の雑誌に写真を送った。

彼の建築写真には「人」が介在する。むしろ人物が中心で、建物は背景だと言っても良い(通常の写真がそうであるように)。つまり、「空白な、殺菌された」建築写真は彼が意図するところではない。彼は一つの建築を撮る場合、一日そこに滞在し、朝から夜まで、時間の経過を意識した写真を撮っている。

「現場にそれだけ長く留まっていると、人々は僕の存在を忘れ、自然な状態が現れ始めるんだ。」

自身の父親を始めとして、周囲は建築関係者ばかりで、建築家以外の職業の人に出会うことが興味を掻き立てるフェルナンド。それでも、

「今、アルヴァロ・シザから電話を受けることは、とても刺激的なことなんだ。そんなこと想像もしなかったからね。」

と建築を学んだ者としての、純粋な気持ちの高ぶりも隠さない。飛行機移動で貯まるばかりのマイルを使う暇がないと言う彼は、刺激に満ちた毎日を過ごしている。

フェルナンド・ゲラのウェブサイト、ultimas reportagens (http://www.ultimasreportagens.com/)でアルヴァロ・シザの韓国のプロジェクトのスライドショーを見ることができる。このBGM付きのスライドショーに彼の表現意図が現れていて、見ている側は勝手にストーリーを思い描いてしまう。

クラシコ

クラシコと言えば、スペインのクラシコを連想するかもしれないけれど、ポルトガルのクラシコは、いわゆる3強が対戦する試合を指しているようだ。つまり、ベンフィカ-スポルティング、スポルティング-ポルト、ポルト-ベンフィカの3試合だ。そして今日はその内の、ベンフィカ-スポルティングのクラシコだった。

今週に入って、ポルトガルのスポーツ新聞の一面はこの話題で持ちきりだった。史上初の3チーム出場で盛り上がるチャンピオンズ・リーグでのポルトガル勢の活躍を反映して、

「もう一度、スターを見に行こう」

という見出しも見られた。試合当日の今日の紙面には、「世界のダービー」と銘打って、ポルトガルと今でも密接な関係を持つ国・地域のベンフィキスタ、スポルティンギスタの写真が載った。とにかくポルトガルのメディアは盛り上がっていた。

それで今日は仕事の後、ゴンサロとカイス・ド・ソドレのブリティッシュ・バーで観戦した。僕はどちらのチームを応援しているというわけではなかったけれど、今、注目されている若手のポルトガル人選手をじっくり見てみようと思っていた。ユーロが2年後に控え、現在その予選が行われている欧州では、ワールドカップが終了したからといって、そうそうガラリとチーム構成を変えることはない。ポルトガルのようにベスト4という結果を残し、監督も続投する場合にはなおさらだ。でも、ワールドカップでのポルトガルの得点力不足、ストライカー不足は明らかだった。だから攻撃に関しては若い選手の台頭が必須となっている。

選手育成で定評のあるスポルティング(フィーゴもシマオンもクリスティアノ・ロナウドもスポルティング出身)では、若いポルトガル人選手が活躍し、チームを引っ張っている。U-21代表のジョアン・モウティーニョ、ナニ、ヤニック、遅咲きでA代表に入ったマルティンシュなど、有望選手目白押しなのだ。ジョアン・モウティーニョはその中でもすでに定評のある選手だが、最近売り出し中なのが、ナニ。でも、あまり彼のプレーを見たことがなかったので、今日はナニに注目していた。スポルティングでは右サイドハーフでプレーしているが、ある程度ボールキープをしながら、のらりくらりとドリブルで抜いていくのが特徴のようだ。でも正直言って、あまりキレがない。その上、ボールをキープしようとして奪われたり、簡単なパスミスがあったり、かなり安定感にかける。チャンピオンズ・リーグのインテル戦に続いて、彼の良さを見つけることはできなかった。

試合は、既に貫禄の漂い始めたシマオンのゴールなど、2得点したベンフィカがアウェイでスポルティングを破った。ゴンサロと観戦したベンフィカ戦で久しぶりにベンフィカが勝った試合でもあった。