25 January 2009

アモレイラス・ショッピングセンター


カンポ・デ・オウリケに引っ越して来てから、アモレイラスは歩いて10分程度で行くことができる最寄りのショッピング・センターである。このショッピング・センターは建築家トマシュ・タヴェイラによって設計された。タヴェイラは(いまどき流行りの)スキャンダル・ビデオテープの流出によって、社会的名声を失ってしまった建築家である。しかし、ポルトガルのポスト・モダン建築をリードしたポルトガルの建築界において最も重要な建築家の一人である。

そういう事実を抜きにして建物だけを見たとしても、ちょっと趣味の悪い建物だなあ、とリスボン市民が思う建物である。と同時にかなりの市民が利用するリスボンにおいて最も重要なショッピング・センターの一つである。タヴェイラはまた、熱狂的なファンで知られるスポルティング・リスボンのホーム・スタジアムも設計した。これまた建築をやっている人の間では評判の悪い建物である。しかし、スポルティンギスタにとっては聖地としてすっかり定着している。

では僕はどうかというと、その両方の建物に好感を持っている。ポルトガルにおいてミニマルな建築が支持される中、その過程で削ぎ落とされ、失った重要な要素を持っている、と感じるからである。その一つは、建築が建築であるとはっきりと主張している強さである。当時、巨大な宇宙船が突如空からおりて来たかのような強烈な印象を与えた二つの建物は、もはやリスボンの町にすっかりと溶け込んでしまっている。

トマシュ・タヴェイラ氏へのインタビュー

サン・ドミンゴシュ教会


サン・ドミンゴシュ教会は、1241年に建設が始まる。その後、幾度となく改変、増築が繰り返される。1748年には建築家ルドヴィセによって後陣の改修が行われ、1755年の大地震においても、教会内で唯一倒壊を免れた部分となっている。地震後、マヌエル・カエターノ・ソウザによって再建される。その際、正面の扉、入ってすぐのヴェランダの部分はパソ・ダ・ヒベイラ礼拝堂のものを再利用している。1954年には火事によってその内装に大きな被害を受け、柱や大理石の装飾にその痕を見ることが出来る。様式という点では、ラテン十字式の平面構成をしたバロック様式である。外観がシンプルな線による構成が特徴的であるのに対して、内部は様々な様式の折衷である。国有記念物(Monumento Nacional)に登録。

IPPARのウェブサイト参照。)

24 January 2009

冬に現れる


今気が付いたけれど、結局、古美術館には行っていない。午後はカメラを持って気の向くままに市内を散歩する。久しぶりにリスボンの町をゆっくりと歩く。リベルダーデ通りをマルケシュ・ポンバルからシアドの方へ歩いているときに、担当プロジェクトの前を通りかかる。そしてあることに気が付く。

去年の夏に、確認申請の際に両隣の建物を含めたファサードの写真を撮る必要があったけれど、どうやっても思うような写真が撮れなかった。なぜなら建物のすぐ前には背の高い街路樹があり、どこからカメラを構えても、両隣はおろか、改修予定の建物のファサードすらうまく写真に収めることができなかった。

ところが今日は建物のファサードが見える。今日は大通りを挟んで反対側を歩いていたのだけれど、建物が街路樹の向こう側に透けて見えるのだ。夏には生い茂っていた葉がすっかり落ちてしまって、その全貌を通りに現している。だから、てっぺんの増築部分も葉の茂った夏には姿を消し、冬にその姿を現すようになるんだろうな。都心にありながら、四季の変化にも密接にからんだおもしろいプロジェクトになりそう、などと一人で盛り上がってしまった。

洗濯が終わるのを待つ


朝から洗濯機を回す。その間、80分の間にキッチンを掃除し、トイレを掃除する。まだちょっと時間があるので、インターネットでニュースを見る。まだ洗濯は終わらないので、仕方なくパティオの写真でも撮ってみる。曇り空。

洗濯が終わればシャワーを浴びて、もちろん洗濯物も忘れずに干して、まだ訪ねたことのない国立古美術館にでも行ってみようかな、と思う。

20 January 2009

ファサードを考える

リベルダーデのプロジェクトを進める。先週はあまり調子が上がらなかったけれど、今日は週末の3連休でリフレッシュできたこともあり、仕事もはかどる。スザンナ、ジョアン・ルイスとファサードの開口部の検討をする。既存の建物の上部に2層分付け足す増築プロジェクトで、既存部分の開口部との関係を話し合う。このプロジェクトのキーポイントと言える部分。窓を両開きにするか、方開きにするかで、僕とスザンナの意見は違っていたけれど、ジョアン・ルイスはそこで、「リビングのある1層目は方開きで、寝室のある2層目は両開きにしよう」と二人の中間を取ったような提案をしてきた。最初に聞いた時は、うむ、と考え込んでしまったけれど、半信半疑、実際に図面を描いていくとなるほどと思えてくる。5層ある既存建物は両開きの窓で、その上に大きな片開きの窓が1層分、さらにその上に既存の建物を踏襲するような形で両開きの窓。増築部分は幾分セットバックして建っているので、通りからはリビングのある6階部分はほとんど見えない。だから、一見すると増築部分まで同じリズムで開口が並ぶようだが、大きな窓のあるリビングのある空間が、通りから隠れた秘密の空間のようになる。おそらくジョアン・ルイスはそこまで考えて言ったとは思えないけれど、彼の指示にはそういうあてずっぽうのようだけど、結局なるほどと人を納得させるものがある。これがまさに「センス」というものだろうなと思う。

18 January 2009

VENTURATRINDADE arquitectos


事務所のOB、ジョアン・トリンダーデの新しいウェブサイトがオープン。自分も独立してこんな建築をバンバン作って行けたらいいなー。

venturatrindade arquitectos

(写真は上記ウェブサイトより)

30

昨日は誕生日ということで、ついでに事務所から一日休みをもらって、朝から誕生日パーティのために掃除をしたり、買い物に行ったり、料理をしたりする。加えて、狭い家なので、ここでパーティをやるには会場設営なるものをしなくてはならない。パーティには日本人の留学生5人とクミコさんとヤスシくん、それに飛び入り参加されたイトウさんとフェルナンドさんを合わせた計9人が来てくれた。

コンペも終わって、久しぶりに解放された気分でパーティをやったためか、前日まで体調が悪かったにも関わらず、思う存分に楽しませてもらった。それで調子に乗ってついつい飲み過ぎてしまい、気が付いたらヤスシくんのベッドにダウンしてしまっていた。調子に乗っていろいろと余計なことまで言ってしまった気もするが、あれだけ手巻き寿司を用意したので許してほしい。本物の有明海苔なんか、日本でもそんなに食べられません。

今日は一日中二日酔いで寝たきり。夕飯を食べてようやく調子を取り戻して来た。

そう言えば、昨日はマドリードでのコンペのプレゼンの日で、僕は行くことができなかったけれど、マルタの話ではなかなかプレゼンはうまく行ったし、クライアントもプロジェクトを気に入っていたらしい。第2フェーズがあるとかいう話だが、まあ来週にはいろいろと明らかになるだろう。

今日は水が世界で一番うまい飲み物のようなが気がした。

14 January 2009

マドリードのコンペを提出

昨日、ようやくマドリードのコンペを提出し終えた。約1ヶ月半の間、このコンペをやっていたのだけれど、2、3ヶ月やっていたような感覚がある。おそらく最初から結構飛ばしていたからだと思う。おかげで提出3日前に体が悲鳴をあげて、風邪を引いてしまいきつかった。ちょうどリスボンはこの冬一番の冷え込みを見せていて、あの時はほんとに体が持つのか心配だったけれど、夕食を食べに帰ったついでに、風邪薬を飲んで1時間程仮眠を取ったら、それ以降、意外と回復が早く、その後も睡眠時間3、4時間ずつしか取らなかったにも関わらず、むしろ普段より快調なのではないかと思える程に調子が良かった。

昨日はとにかく一日中寝た。

今日もいつもより遅い時間に起きて、その時点で約1時間遅刻していたけれど、途中でカフェに寄って朝食をゆっくりとって11時に出勤。昼休みも昼食に1時間半、カフェに30分くらい時間を使った。事務所ではコンペ後のファイルの整理をしたり、パネルを事務所用に印刷したり、リベルダーデのプロジェクトを軽く見直したりした。そして午後7時には事務所を出た。

コンペはまだ金曜日にマドリードでプレゼンが残っているけれど、勝つといいな。

06 January 2009

ニガウリくんのこと

ニガウリくんとは、もちろんゴーヤくんのことだが、久しぶりに、およそ5年ぶりくらいに再会した彼は、ロングヘアーになっていて、最初バイシャ・シアドの駅で彼に気付かなかったばかりか、もはやそのロングヘアーを今思い出せないくらいに見た目は変っていた。しかし、相変わらず知識豊富な感じで、建築についてしゃべり出すと止まらないところは昔のニガウリくんのままであって、いろいろと勉強になりました。コンペの説明をしたときに、あそこであの建築家のあの建築を引っ張り出してくるところなんて、さすがだね、ニガウリくん!!

02 January 2009

年が明けたとか、明けていないとかいう話


やはり、仕事に追われるというのはとても悪いことで、おかげで今年は未だに新年を迎えたという気がしない。新年というものは、せめて30日くらいからは休んで、あるいはできることならその数日前から忘年会をいくつかやって、少なくとも年越しそばくらいは年を越しながら食べて迎えるものである。

つまり、今回の年末はどれもやることができなかった。

年が明けても、コンペが終わるまではゆっくりと休みがとれず、今年の抱負などじっくりと考えられていないけれど、とりあえず、今年は夏に1ヶ月くらい日本に帰国したいな、とか、きちんと建築物リストを作ってブラジルに行ってみたいな、とか、カボ・ヴェルデでカボ・ヴェルデの音楽を聞いてみたいな、とか、いろいろとやってみたいことはあるのである。