旅の最終地はサン・セバスティアン。サンタンデールを早朝にバスで出発し、午前9時に到着。サン・セバスティアンを訪れたのは実はこれが3度目だったのだが、今回の目的はサン・セバスティアン郊外のエドゥアルド・チリダ(Eduardo Chillida)の美術館を訪ねることだった。
スペイン人彫刻家チリダを知ったのは約7年前に初めてスペインを旅したときだ。マドリードのレイナ・ソフィア美術館でロバート・キャパの写真展とともに、チリダの展覧会が行われていた。その頃はまだチリダも存命中で、現役で活躍していたことになる(チリダは2002年8月19日に亡くなる)。レイナ・ソフィアでチリダの作品を見て僕はとても興奮したのを覚えている。そのときの旅行に持ってきていた、小遣い帳にしかなっていなかったメモ帳に「CHILLIDA」とメモしたのを覚えている。
その後、メモしただけあって名前は常に覚えていたが、特に作品集を探すほどのことはしなかった。そのときの旅行は初めての海外一人旅で、あらゆるものが新鮮で驚きに満ちていて、僕は30日間興奮状態にあったから、チリダに興奮したのもそのせいだと考えていたのかもしれない。
そして7年後にスペインの隣国ポルトガルで働き始めて、同僚のゴンサロとチリダや同じスペイン人彫刻家オテイサの彫刻の話をしているうちにまた僕は興味を取り戻しつつあった。ちなみにゴンサロは大学在学中のデッサンの授業でチリダに出会ったそうだ。
Museo Chillida-Lekuが正式名称のチリダ美術館は12ヘクタールの広大な敷地を持つ。敷地内にあった1543年築の廃墟同然の農家にチリダは惚れ込み、ホアキン・モンテロという建築家と時間をかけて改修している。彫刻の保管場所だったその農家が今では美術館として使われている。同時に敷地内の広大な庭にも彫刻が展示されている。
チリダの作品は世界中に散らばっているが、サン・セバスティアンの海岸にある「風の櫛(Peine del viento)」という作品が有名だ。僕は前回サン・セバスティアンを訪ねた時にその彫刻を見たと思っていたが、今回きちんと場所を確認して行ってみると、そのとき見たものと違うことに気づいた(中心地からかなり歩くのだが、そんなに歩いた覚えはない)。海外のガイドブックにはきちんと場所が記されていることもあり、チリダの彫刻の周辺は観光客でごった返していた。おまけにすぐ近くに夏のライブコンサート用のテントが設営されていたりして、ゆっくり落ち着いて鑑賞することはできなかったが、美術館を含め、再びチリダの作品を見れたことにうれしくなり、自分の思い違いに気づいたことで何かすっきりした気分にもなった。まだまだ彼のことはあまり知らないし、チリダの作品集がほしくなった。
午後10時30分、名ばかりは旅情をかきたてる「Sud-Express」でリスボンへ向かう(お世辞にも快適とは言えない)。こうして1週間の長い旅が終わろうとしている。星の山脈を越え、緑の海岸へたどり着き、フランス国境近くの街までやって来た。変わりゆく景色やスペインの食を堪能し、最後は7年越しでチリダの彫刻と向き合うことができた。あまり準備をせずに出てきたけれど、かえってそれが初めてスペインを旅行したときの初々しい気分を思い起こさせてくれた。
あの、7年前の旅行は、自分を取り巻くいろいろなものに今でも影響を与え、時間を越えてからみ合っているように思う。