今日はワタナベ君とマルティン・モニスにあるゴア料理屋へ行く。彼は来週には日本へ帰ってしまうので、なるべく会えるときに会って、いろいろと話をしておきたい。日本からの留学生5人とは昨年10月に初めて会って以来、これまで何度もいっしょに食事をしたり、飲みに行ったり、誕生日パーティに呼ばれたりと、楽しい思い出を作ってきたのだけれど、今月頭から一人、二人と日本へ帰国してしまい、今ではワタナベ君とウメオカ君の2人だけになってしまった。
ウメオカ君はモンサントへ旅行中とのことで、ワタナベ君と2人でレストランへ行く。実はおととい、僕は原因不明の腹痛を起こしてしまい、夜も寝られないくらいに苦しんでいた。それに頭痛も加わり、本当に辛かった。それで、昨日はなんとか調子を取り戻し、今日の昼食からは普通の食事に戻した。もう大丈夫だろうと思い、今考えれば勇み足だったのだけれど、スパイスの効いたゴア料理屋に行ったのが間違いだった。スパイスの効いた魚のカレーに、僕は2口、3口目で食べるのをやめてしまった。料理自体はとてもおいしいのだけれど(そこは地元で評判のレストラン)、復調したばかりの僕の胃袋にはきつすぎた。僕の意思で、というよりは体が拒否しているのが分かった。ワタナベ君にも、お店の人にも申し訳ないと思ったが、それ以上食べることができなかった。
「ちょっとスパイスがきつかった?」
とウェイトレスの女の子が聞いてくるので、食事はおいしいんだけど、今日は体調が悪くて、と言い訳めいた返事をする。きっと、僕が食事を気に入らなかったと思ったに違いない。でも、彼女は軽く微笑んでキッチンに消えた後、これ、お腹にいいから、と言ってお茶を運んできてくれる。
その後、レストランを出て、本当はバイロ・アルト辺りで、飲みたかったのだけれど、とてもアルコールを受け入れる余裕が僕にはなさそうなので、帰り道にお茶をすることにする。シネマ・サン・ジョルジのカフェで、2時間くらい雑談をする。気がつけば、彼が週末のバイロ・アルトに行くことができるのは今夜が最後だということに気がつく。僕は彼を楽しませてあげようとしているのか、彼から楽しみを奪っているのか分からない。まあ、これまで十分堪能したからいいですよ、とワタナベ君のやさしい一言。昔はモテたという、男ワタナベ・ジュンヤを垣間見る。
明日はリーグ最終戦をバーで観戦することを約束して別れる。
20 May 2007
食欲不振
19 May 2007
ペチャクチャナイト in リスボン

Naval Rochaの友人が、リスボンでペチャクチャナイトを開催することになった。もともとクライン・ダイサムが東京西麻布の自身の事務所でもあるSuperDeluxeで行っていたイベントだけれど、実は今、そのフォーマットを借りて、世界各地で開催しているらしい(http://pecha-kucha.org)。
Naval Rochaでも、以前からFreespeechという名で、若手の建築家・デザイナーにスポットを当てた同じようなイベントを行っていたのだけれど、今回はそれがペチャクチャナイトとして、バージョンアップした形だ(20人の話し手と、会場が「A Barraca」というポルトガルの名モダニズム建築であることを考えて、バージョン・アップしたと言っても差し支えないだろう)。
ペチャクチャナイト・リスボア
開幕セッション
2007年5月21日 22時より
テアトロ・シネアルテ・ア・バハッカ
チケットは前売り3ユーロ
09 May 2007
ポルトガル銀行のコンペを提出
コンペを提出し終え、午後3時に事務所を出る。白いカルカリオの石畳がまぶしい。今回は徹夜をせずに済んだけれど、徹夜明けのリスボンの町は本当にまぶしくて、目が開けられない。帰宅途中、ゴンサロとカイス・ド・ソドレにあるチリ料理のレストランに入って、ゆっくりと昼食をとる。いわゆる反省会。でも、反省会と言っても、今回は勝ちます。自信満々に言うけど。
クーラーの効いた店内で、日本への郷愁を覚える。いつもは事務所で飲む食後のコーヒーもこの日はレストランでとる。食後に建築家協会の本屋で、雑誌や本をパラパラと眺める。コンペを終えた後に寄った本屋で、また建築の雑誌を見ている自分を反省すべきか、誇りに思うべきか、コンペを終えたばかりの頭では考えることができない。
午後5時に帰宅。5月に入って気温が上がり始め、夕方でも30度近くあるリスボンでは、こうしてブログでも書きながら、しばらく部屋に留まっていた方がいい。
今月末にはリスボン建築トリエンナーレが開幕。それに合わせていろいろとやることが出てきているので、今のうちに頭の中を整理して、てきぱきとこなしていきたい。