25 May 2006

締め切りは破るもの

やはり締め切りまでには終わらなかった。余裕で想像ついたもんね、絶対終わらないって。で、本当に帰国まで(来週月曜の朝)休む暇がなくなった。あさって(こそ)提出。このラインはさすがに死守しないとまずい。本当は帰国中にやることをいろいろ予定立てたいんだけれど、そんな暇ない。

リスボンにいようが、東京にいようが、ここ2、3週間の生活は変わりないだろうな。自炊する暇もなくて、ろくなもの食べていない。ほか弁とかないしね。まあほか弁もろくなもんじゃないけど、こういう忙しい時にささっと食事を済ませるために行くのが事務所の近くにあるイタリア人経営のピザ屋。最初はなかなかおいしいと思っていたけど、さすがに飽きてきた。

とにかく帰国までのもう少しの辛抱。何だか今回は日本へ帰るのが楽しみだ。

20 May 2006

ワールドカップ休暇

最近は12時間労働。さすがに提出前は労働時間が長くなる。今週末も朝から出勤。事務所は20人弱の所員がいるのだけれども、最近はほぼ全員かなり忙しそう。コンペで勝ったプロジェクトなど、実施設計がどっさりとある。

来週末には日本へ一時帰国するというのに、おみやげ買う暇もなさそうだな。ビザの手続きの関係で帰国するのだけれども、1ヶ月くらい前まではあれこれと準備をしていたのに、最近は全く手続きのことを忘れてしまっている。一応こちらで集めるべき書類は全て整っているハズだが、明日の朝、もう一度確認しておこう。

というわけで、5月30日から6月16日まで日本のどこかに滞在する予定です、東京を中心として。オーストラリア戦、誰かいっしょに見ましょうね。日本が勝ったら勤務時間中のリスボンの事務所に歓喜の声を伝えてやろうかな。

「パ、ノス ガニャーモス、パ、アテンサオン、パ」

興奮したら間にパが何度も入るからね、ポルトガル語。

17 May 2006

一応アトリエ勤務日記なんで

たまには仕事の話を。

最近はリスボンの集合住宅のプロジェクトの実施設計を担当しています。もともと新聞社だったオフィスを住宅にコンバージョンするというものです。もっとも新聞社の前は住宅用途だったと思いますが。

旧市街地のバイロアルトからサントス方面へ下っていく道の途中にあり、事務所からも歩いて10分くらいの場所。このプロジェクトはコンペだったようで、ソウト・モウラやアイレス・マテウス事務所も参加していたようです(このコンペを見事勝ち取った元同僚が、先日、僕がスシ100人前をもってその独立を祝った人)。

この集合住宅、全部で20戸弱なんですが、それぞれの間取りは日本式で言えば4LDKくらいのものばかりで、リスボンの中心地にあることも勘案して購買者層は高めになりそうです。カリーリョ自身もその内の1戸を購入予定とか。

市の建築遺産であるこの建物は、外壁は保存、屋根は架け替え、中庭に面したファサードは新設。こういうプロジェクトでこだわることができる部分は限られてくるのだけれども、その内の一つが窓枠のディテール。こういう小さな部分にも、「ボリュームではなく、面で構成する」という事務所の特徴が出ていておもしろい。

提出まであと5日。日本へ帰るまでゆっくり休む暇はなさそうです。

16 May 2006

スシボンバー


何とかやり遂げました。炊飯器で炊いた米の量、60合。午後3時にダシ巻き玉子を作り始めて、午前1時、最後のお米が炊き上がった時はもうくたくたでした。ほんとに100人前作ってしまった。でも、かかったお金は全部で100ユーロくらいだったんじゃないかな。

リスボンの建築界ではちょっと名が通ったかな、寿司職人として。建築家じゃなくて。

11 May 2006

いくら日本人だからって、、、


日本人なら寿司くらい握れて当たり前なんだろうか?知人の事務所オープニングパーティで寿司職人として雇われた。

08 May 2006

引越し完了、ネット開通



先週末の土曜日に引越しをした。事務所の同僚のゴンサロに手伝ってもらい、車で2回に分けて荷物を運んだ。たいして荷物はなかったので楽々と引越しは完了。しかし部屋の片付けに昨日までちょうど1週間もかかってしまった。

事務所の写真家のマリアの家で、メゾネット形式になったその2階部分をまるまる借りている。その2階部分は建物の最上階でもあるので屋根裏部屋のようなものだ。屋根裏を隠すカーブした天井と、突き当たりの妻壁に開けられた小さな窓が印象的。マンサードから屋根にも出ることができる。そこからの眺めが、もう、絶景、、、。